世界のタマキへ!・・そのために温故知新‼

令和5年、創業55周年の記念パーティを開催しました。

昭和43年の創業から、多くの方に支えられて55年、その歩みを改めて見直し、60周年、70周年・・・100周年へと未来へ向かった進むために、これまでの歩みをまとめてみました。

そして、ここに、次世代へ受け継ぐべき創業者の想いや社会への貢献を改めて誓うものであります。

企業理念

社会貢献の為に技術力を磨き、お客様のニーズに応えるメーカーになる

経営理念

あらゆる人々と和をもって、共に成長できる会社を目指す!

感謝 : ありがたいと思う気持ちをあらわすこと
信頼 : 信じて頼りにすること、そして頼りになると信じること
誠実 : 正直に熱心に事にあたる心、真心を持つこと

横溝美奈子

   代表取締役 横溝美奈子

創業家の家系と歴史

玉置の発祥の地は和歌山県十津川の玉置神社より苗字を頂いたと思われます。
昔は山で材木を切り十津川を利用して材木、木こりで生計を立てていたと思われます。故あって新潟県三条市に開拓民として移動したと思われます。
明治以前頃、玉置の本家に三男の喜平が誕生し現在新潟県三条市(現在東三条)にててふ(ちよう)さんと結婚、家庭を築きました。

タマキの前身と今日

喜三郎爺さんが品川製作所に勤めていたころ、列車時刻表示機を蓄電器(バッテリー)で動作させる製品が品川製作所で試作製作販売しましたがバッテリーのためすぐ電池切れするため、製品販売が出来なくなり、倉庫に破棄してあったそうです。
その事を爺さんが辰太郎に「タツコー、ふつうの電灯で動かすことができないか?」と問い、このことがきっかけで、いよいよ辰太郎の製品開発が始まりました。

タマキの社歴抜粋

昭和43年4月 横浜市港北区太尾町1990番地に有限会社玉置電機製作所を設立。代表取締役 玉置辰郎
昭和46年3月 プラスチック業界の要請に基き、プラスチックの着色混合装置を開発。製品名 オートブレンダー
昭和46年9月 神奈川県主催の発明考案展示会に自動着色混合供給機を試作出品し、科学技術庁長官奨励賞を受賞
昭和47年7月 科学技術庁より工業試作補助金を受け、相関制御自動重量計量機構を内蔵する自動着色混合供給機を完成
昭和48年9月 神奈川県工業試験所のご指導の下に、数種の材料を真空輸送する画期的機構を備えた自動着色混合供給機を完成
昭和51年 8月 オートブレンダ― モデル101型 102型 103型 連続自動重量計量着色混合機を発売
昭和51年10月 粉粒体材料の連続自動重量計量装置 品名ゼロラインを発売
昭和51年10月 オートブレンダ―用材料輸送機 PNローダーを発売  モデル10,10C,10F,PN-FBタイプ集塵機付タイプ開発
昭和55年4月 オートブレンダ―TACOM80D型シリーズ全自動重量計量着色混合機を発売
昭和63年 2月 組織社名変更 株式会社タマキ 代表取締役 玉置辰郎
平成2年10月 工場拡張の為、横浜市都筑区川向町922番地24に移転
平成28年2月 ハンドシーラー部を開設
平成29年6月 代表取締役社長 横溝美奈子 就任 取締役会長   玉置辰郎  就任

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